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敗戦の日を迎えて

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8月15日 敗戦の日
日本を守護するために亡くなった戦没者を慰霊追悼・顕彰するため、靖国神社の本殿で参拝して来ました。

最大の敵として死闘を繰り広げ、昭和20年の1年だけで日本の一般民間人を47万人以上も東京大空襲、広島と長崎の原爆をはじめとする各都市への無差別空爆と機銃掃射で殺戮したアメリカの大統領と日本の総理が平和同盟について電話で会談できる今の世に感謝したいと思います。

戦犯などと言う言葉は戦勝国の理屈であり、敗戦国には人類史上稀に見る民間人の大量殺戮の是非を問うことすら許されないのが戦争というものです。

隣国の韓国は、日本が植民地支配をしたと70年経った今も怒っていますが、日本は韓国を併合したのであり、植民地支配をしたことなどありません。

併合とは、イギリスにおけるスコットランドのようなもの。
全てが対等であるというのが基本です。

第二次世界大戦が始まった開戦当時の日本の外務大臣である東郷茂徳は、朴茂徳という名の朝鮮人です。

東京大学に入学が決まった時に帰化して日本性を名乗ることに決めた人。
そして、外務大臣にまでなった。

イギリスが、植民地だったインド人を外相にしただろうか?
オランダが、植民地だったインドネシア人を外相にしただろうか?

日本は朝鮮を植民地にしたのでもないし、朝鮮人を差別してこなかった。
勉強さえ出来れば、大学にも行けたし、大臣にも将軍にもなれた。
併合とは、そういうことです。

今から100年前、まだ、アフリカ、アジアの国々が白人に支配されていた時代、第一次世界大戦後のパリ講和会議の国際連盟委員会において、有色人国家として初めて、人種差別撤廃提案を行った日本。

アメリカやイギリスの反対で廃案となったが、日本が人種差別撤廃を訴えた初めての有色人国家であることも歴史上の事実です。

今の、有色人種が差別なく生きれる世の中を作るために共に戦ったと誇れる朝鮮人はいないのだろうか?
伊藤博文を暗殺したテロリストを英雄視するのではなく、日本の外務大臣として平和を求めて奔走した朴茂徳を英雄視する朝鮮人はいないのだろうか?

近年の朝鮮の振る舞いを見るたびに悲しくなるのです。

近代史において500年もの間、アフリカもアジアもアメリカも、地球上の多くの有色人種が白人種に支配されていた時代がありました。
有色人種は、人では無かった時代があった。

しかし、学校では、近代史を偏った一面でしか教えません。

特に、日本史2000年の最大の苦難であった、大東亜戦争の開戦の詔勅すら学校では教えない。
天皇陛下が「なぜ戦争をすることになったか」を国民に伝えた御言葉。

戦争をすることは本意ではない、回避するために努力したが、2つの目的を持って戦争をせざるを得ない事態となったと話されています。

天皇陛下が国民に語られた戦争の目的は二つ
「自国の存続」と「東アジアの安定」

戦争中、日本の庇護の下、東アジアでは7つの国が欧米の植民地からの独立を果たしました。
そして、戦争が終わっても日本という国は存続しています。

つまり、戦争の結果、「日本は降伏はしたが、戦争の目的は達した」と言えると思うのです。

一方で、戦勝国とは言っても、戦争前まで、世界の4分の1を支配していたイギリスは終戦時には焼け野原のブリテン島だけになり、広大なインドネシアを350年に渡り支配していたオランダは九州くらいの本国だけとなった。

2つの大戦を経た現代において、人種差別を堂々と正当化する国はありません。

あの戦争を俯瞰的に見ると、有色人種が白人種から独立を得る結果となった、ある意味で人種戦争だったのではないかと思うのです。

あの戦争の意味を考える今日。

靖国に眠る多くの勇者に対し、あなた方の死は無駄ではなかったと語りたい。
子供達には、日本は素晴らしい国なのだと伝えたい。

静かに、自らの為すべきことを考えた一日でした。

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2017年8月16日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:えのもとブログ

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